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終活コラム

コラム 『終活あれこれ』

 

〈 NO.21 〉 目黒のおさんぽ「ホテル雅叙園東京」編

ホテル雅叙園東京

旧目黒雅叙園は、絢爛豪華なミュージアムホテル「ホテル雅叙園東京」となった今も目黒の名所です。
ホテル玄関を入り、右方向へ幅広の通路を進むと目を奪われるのは、左右に並ぶ木彫・彩色木彫板・彩色天井画等のアート。旧目黒雅叙園時代からの収蔵品、新築を機に修復したもの、伝統技術を守る精鋭作家の新たな作品がみごとに調和して、日本の美を継承しています。

ルーツは1928(昭和3)年に芝浦で創業した料亭で、1931(昭和6)年に目黒の地に庶民や家族連れのお客様が気軽に楽しめる中華料理と日本料理の料亭として移転。広い日本庭園と木造の日本建築は贅を凝らした造りで、その内部は彫刻、螺鈿、組子細工、絵画、壁画、天井画と他に例のない美術作品で埋め尽くされておりました。
2017(平成29)年にホテル雅叙園東京にリブランドし、ホテルのほうは最新設備と現代アートを加えた空間となりました。

エントランスから歩みを進めてくぐる門は、ここを通るお客さまをお出迎えしお辞儀をするかのようなむくり屋根の「招きの大門」。そして、現れる吹き抜けの大空間。左側に開放的なカフェラウンジ パンドラのゆったりした124席のしつらえ、ガラス張りの向こうには、滝が流れ落ちる池に鯉の群れが泳ぐ日本庭園が見えます。
ケーキ、パフェ、バーガー、サンドウィッチなどのほか、ゴージャスなアフタヌーンティーも用意され、飲み物はコーヒー、紅茶、ソフトドリンク、酒類もあります。
天気がよければ庭に出て、木立の間を歩いたり、悠々と泳ぐ緋鯉真鯉や配置された石の趣を楽しんだりもできます。吹き抜けのエスカレーターで上階にあがって、日本の伝統工芸の技を鑑賞することも忘れずに。

この、日本の美が取り巻く〈1階アートスポット〉散歩は、そのときの気分に合わせて自由自在ですが、もう1か所、竜宮城とはこのことかと思わせる、東京都指定有形文化財「百段階段」の見学も一度はしたいものです。
1935(昭和10)年に建てられたこの木造建築は、ヒノキ材の階段廊下99段でつないだ7室のお座敷として接客に使われていました。
各室の襖、天井、欄間は当時の著名な画家や名工の作品で埋め尽くされ、圧倒的迫力です。
ただ、エントランス左手にある専用エレベーターは、その入り口まで行くもので、99段は歩いて登らなくてはならないので、少々体力が必要です。

ホテル雅叙園東京へは、JR目黒駅西口から歩いて数分の距離ですが、急峻な行人坂(ぎょうにんざか)を避けて権之助坂(ごんのすけざが)を迂回するのも一法です。
また、目黒駅東口から20分間隔で運行している「ホテル雅叙園東京」行きの無料シャトルバスを利用すれば、風の日も雨の日も、歩くのが辛い日も楽しめるホテル散歩になるでしょう。

ホテル雅叙園東京
〒153-0064 東京都目黒区下目黒1丁目8−1
TEL:03-3491-4111(代表)
☆無料シャトルバス(目黒駅東口‐ホテル玄関) 20分間隔
東口を出て右手すぐのタクシー乗り場の後ろ(停留所はありません)
☆東京都指定有形文化財「百段階段」の見学
企画展開催時のみ一般後期(事前問い合わせ)
有料(企画展によって異なる)、休館日不定

〈 NO.20 〉 仏さまにお参りしましょう

終活コラム文化シリーズいけばな

「仏さま」といえば阿弥陀如来、釈迦如来、大日如来などが思い浮かびますが、亡くなられた人も「仏さま」と呼びます。

推古天皇の時代の西暦604年に聖徳太子(厩戸皇子)によって制定された十七条憲法には、一条「以和為貴(和をもってとうとしとなす)」の次に二条「篤敬三寶(あつく三宝をうやまえ)」とあります。三宝は仏(さとりを開いた人)、法(その教え)、僧(その教えを受ける人々)を指しています。
仏教には、人々の暮らしや風習を培ってきた長い歴史があります。

名勝の寺院には仏像が立派な壇に安置されています。そのお姿を拝むときにお寺の宗門を気にする人は少ないでしょう。
家にお仏壇がある場合は、ご自分の家の〇〇宗(宗門)△△派といった宗旨に従って、ご本尊の仏像や掛け軸をお祀りします。

お仏壇は黒漆塗り内側金箔のもの、銘木仕立てのものがありますが、昨今は生活に合わせたスタイリッシュなお仏壇が様々あります。
新たに購入する場合は、どのタイプが良いか選び方など分からないことも出てきますので、専門店や自分の宗派のお寺に相談しても良いかもしれません。

お仏壇には荘厳(しょうごん)という飾り方があります。ご本尊を中心に、花立て、香炉、燭台を配置します。お花を飾り、お灯明またはろうそくを灯し、お香やお線香で清めるこのしつらえは三具足と言い、花立てと燭台を一対に置くと五具足となります。お仏壇はご本尊をお迎えした所ですから、位牌や過去帳などは、邪魔にならないように収納します。

飾り方についてや、位牌・過去帳などの使い方などは、宗旨・宗派によって、それぞれ形式が異なりますので、自身の宗派やご先祖さまのことを知っておくと良いでしょう。

お仏壇を飾った後の、仏飯は、中央にお供えします。日常の生活の一部として毎日仏壇には花を飾り、お線香をあげて拝みましょう。

いずれの形式でも、仏教の教えに触れ、仏さまとなった亡き人に再会する所であることに変わりはありません。特定の法要だけではなく、日々、お参りする機会を持つことで、安らかな時間を得ることができるのではないでしょうか。

〈 NO.19 〉 変わりゆくお墓の文化

終活コラム文化シリーズいけばな

お墓の前で、家庭ではお仏壇に、手を合わせて礼をする。
子どものころから祖父母や両親に促されて見様見まねでやっていたしぐさも、いつの間にか板に付き、なぜかやすらぎ落ち着きを得る。お参りにはそんな力があります。

ご先祖を偲び加護を願う穏やかな日にー
思い出があふれて亡き人に会いたくなった時にー
人はお墓やお仏壇に参りたくなります。

なぜなら、お墓やお仏壇という場所は、ご先祖や身近な家族と共有する一つの「器」のような役割を果たしてくれる空間、心の拠りどころだからです。

今では、家代々のお墓を一つ所に守ることは難しくなりました。
東京の青山霊園が公共墓地となったのは1874(明治7)年といいますから、近代社会になるに従い霊園が求められたことがわかります。
核家族や単身者が増えていく時代の移り変わりと共に、遠方にある実家のお墓にはなかなか行くことができない、 家にはお仏壇をおいていない、といったような変化も生じてきます。
そのような家族それぞれが異なる社会活動を営み、グローバル化していくなかで注目されているのが利便性のよい都心にある室内の納骨堂です。

納骨壇が並んでいて、それぞれの場所に立ってお参りするタイプや、厨子が自動的に参拝者の前に運ばれてくる自動搬送式タイプなどがあります。

自動搬送式タイプの多くは、個々に用意された参拝室に、専用の厨子がコンピューター制御で運ばれてきます。施設によっては、ご遺骨とともに遺影が映し出される場所もあり、家族や自分だけの空間を創り出してくれます。お花やお香などが用意されているところも多く、手ぶらで参拝に行けるところが大きな魅力の一つです。
ICカード一枚あればいつでもお参りできるため、毎日お参りに行くことを日課にしている方や、独立したご家族それぞれでICカードを持たれている方も少なくないようです。

それ以外のタイプには、お位牌とご遺骨を収めた壇になったもの、ロッカー式になっているもの、墓石が並んでいる墓石型などがあります。いずれも、遺影やお花を飾るスペースがあるもの、ないものがあります。
また、ご遺骨は別に保管し、お位牌が並べられている位牌型や、はじめから他の人のご遺骨と一緒に納める合祀型もあります。

自分や家族のお墓に対する考え方、初期および維持に要する費用などを視野に入れて、多様な選択肢があることを知っておきたいものです。

〈 NO.18 〉 いのちの総合芸術「いけばな」

終活コラム文化シリーズいけばな

自然を畏れ敬う一方で、草木の緑や紅葉、絢爛と咲く花も可憐な小花も慈しむ。
そんな風土に「いけばな」という芸術があります。
いけばなは日本独自の美意識と、植物の命を損なわない技術、豊富な花材、多種多様な花器で形成する芸術です。

「おもしろく咲きたる櫻を長く折りて、おほきなる瓶(かめ)にさしたるこそをかしけれ。」と『枕草子』には風趣が綴られています。それより少し遅い平安時代後期と伝わる『鳥獣人物戯画』には、蛙の仏さまの前に蓮の花を挿した花瓶が描かれています。

鎌倉時代になると、お寺では仏前に花瓶・香炉・燭台の三具足(みつぐそく)を備えるようになりました。
この三点は現代まで伝わり、お寺はもとより家庭のお仏壇でも使われています。室町時代になると、貴族の館の寝殿造りから武家の書院造りにと建築様式が変わり、押板(平らな一枚板。後に床の間に変化)や違い棚を設け、身近に仏像や仏画を拝し、花を供えるようになります。また、大名や有力武士の間に茶の湯が流行し、茶室の花も一つの様式を生みました。仏教、茶の湯、書画、焼き物などとともに、いけばなは学術文化の素養として磨かれていきます。

江戸時代には大名家をはじめ武家や裕福な商家で花をいける文化が定着し、全国にいけばなの専門家が求められるようになりました。
現在の華道家元池坊は、室町時代から代々京都のお寺の僧侶であり華道家元を継承する家で、現在は45代家元池坊専永のもとで多彩な活動をしています。

幕末に生まれ、大阪で彫刻の道からいけばなに転身した小原雲心は水盤や鉢など広口の花器を創作し、盛花(もりばな)といういけ方を考案します。
今ではいけばなといえばほとんどの人がこの様式を思い浮かべますが、それ以前は、口の細い花瓶に定型を守っていける立花(りっか)と投げ入れの二種のスタイルしかなかったのです。
ちょうど西欧文化が流入してきた明治時代の中ごろに、広口の器と立花の理論を融合するいけばなの新しい世界が開けました。

そのころから女学校(現代の中学高校に相当)で華道や茶道の授業を採り入れるようになり、昭和前半の戦争の時代を過ぎて、高度成長期に入るといけばなは女性の稽古事として盛んになり、数多くの流派が教室を開くようになりました。

一方で、いけばな小原流の三代目豊雲と、草月流を創始した勅使河原蒼風の二人は、前衛的ないけばな作品を積極的に海外に発表して、旋風を巻き起こします。そこから始まった現代いけばなは、花をいけるパフォーマンス、書や写真とのコラボレーション、舞台美術など多方面に表現の場を得ているのはご存じの通りです。

その一方で、仏さまにお花を供える慣わしは千年の昔と変わらず受け継がれ、今では花材に洋花も多く採り入れれています。
日々の暮らしのなかでは一輪挿しもリース飾りも共存しています。花と緑が潤いとやすらぎをもたらしてくれるのは古今東西変わらないようです。

〈 NO.17 〉 大人の常識 端午の節句の意味

終活コラム端午の節句こいのぼり

--思い出そう。屋根より高い鯉のぼり--

ここ数年、地球温暖化の影響で、世界各地が異常気象に見舞われています。「四季折々」「春夏秋冬」などの言葉が似合うわが日本も、その渦中にあります。せめて、いにしえの時代からある行事を思い出して、移りゆく季節を楽しみたいものです。

古代中国を起源とする旧暦。現在わたしたちが使っている新暦(太陽暦)以前の暦のことですが、そこには5つの節句(五節句)が定義されています。節句とは季節の変わり目となる日のことで、1月7日の人日(じんじつ)、3月3日の上巳(じょうし)、 5月5日の端午(たんご)、7月7日の七夕(しちせき)、9月9日の重陽(ちょうよう)の5つをさします。

いわば季節のターニングポイントですから、人間の体調を整えなくてはなりません。古代中国では、その日に旬の植物を摂取して邪気を払い生命力を呼び起こす、としたそうです。
それにあやかった日本。その日に特別なごちそうを食べる風習ができました。七草粥、甘酒、ちまき、柏餅、そうめん、菊酒などがそれで、節句を演出するためには欠かせない味わいとなっています。もっとも旧暦と新暦では1ヵ月ほどのずれ。なかには「旬」と言い切れないものもありますが…。

5つの節句のなかで、5月5日の端午だけが1948(昭和23)年に「国民の祝日」と制定されました。
いわゆる「こどもの日」です。
端午の節句は江戸時代から続く行事。鯉のぼりを立て、鎧兜や武者人形を飾り、ちまきや柏餅を食べ、香りのいい菖蒲湯につかる。親戚一同が集って男の子の成長を祝う、まさに一大イベントです。

「屋根より高い鯉のぼり」
「柱のきずはおととしの五月五日の背くらべ」

昭和ボーイ&ガールの中高年にとっては懐かしの原風景ですが、昨今、すっかり影を潜めてしまいました。
少子化や住宅事情、さらにはその日が連休最終日にあたるため、昨今ではすっかり遊び疲れを癒やす日とイメージされています。

さてそんな時代。懐かしい行事と久しぶりに向き合う機会が訪れます。ある日突然に、不肖の息子や娘たちが運んできた「かわいい、孫」。いつの間にか「じいじ」や「ばあば」と呼ばれだす、うれしいやら恥ずかしいやらの因果応報。
町内のダンス教室でタンゴのひとつでも踊りたいところですが、ここはひとつ、お孫さんのために人肌ぬいでみませんか。

〈 NO.16 〉 亡き人を敬うご葬儀のマナー

終活コラム日本の葬儀イメージ

近年の葬儀は、葬祭場で前日にお通夜、翌日に葬儀と告別式を併せて行う形が一般的になりました。
身内や親しい人でなければお通夜は遠慮し、会葬者として告別式に参列するものでしたが、今はお通夜かご葬儀のどちらかに伺っても失礼にならなくなりました。

世界中の人と文化が交わるようになり、風土や宗教に強く結びついていた葬儀も多様になりました。
最近は、小人数の簡素な式をする傾向も増えています。遺族は、どのような形にせよ、葬儀を行うことは故人への礼であり、生前に交誼のあった方々への感謝を伝えるものです。

葬儀のご案内は、遺族が直接報せるほかは、身内や親しい人に、委ねる範囲を分けてお願いします。
葬儀当日は、仏式であれば司るお坊さまへの礼を第一にすることが喪主の役割です。
遺族はなるべく祭壇近くを離れずに、参列に来た方々を迎えます。
お寺や葬儀社、葬祭場の係の人が助けてくれるので心配せずに、心を落ち着かせるように心掛けます。

葬儀に参列する会葬者は「万事控えめ」がマナーです。
マナーは、服装や作法、言葉づかいなどをその場に合わせるための緩やかなルールです。
参列者は地味なスーツ姿でも、焼香の仕草がぎこちなくても、心を込めて丁寧にお辞儀をする所作が言葉以上に弔意を伝えてくれます。

参列者がなるべく守りたいマナーは、最初と最後にあります。
まず、葬儀が始まる20分前くらいに到着して、受付を済ませます。
住所氏名の記入は、郵便番号から丁寧に正確に書きます。これは後で見るご遺族のためです。
受付で故人との思い出話などの長話は禁物です。案内の人に従って速やかに着席します。

式が終わると、参列者は一旦、式場の外へ出て、出棺の準備が整うのを待ちます。
参列者も一緒に棺にお花を入れるよう勧められたら、お身内や親しい人の後ろに回り控えめに行います。

その後、棺を乗せて火葬場へ向かう車を玄関でお見送りします。
お焼香が済んだら失礼するのではなく、お見送りすることによって参列者は礼を尽くします。

葬儀は、亡くなられた方とお身内に寄り添う短い時間です。故人を敬う心、ご遺族をお慰めする気持ちをもって参列することが最良のマナーではないでしょうか。

〈 NO.15 〉 目黒のおさんぽ「庭園美術館」編

終活コラム庭園美術館
画像素材:PIXTA

目黒駅はJR山手線と東急目黒線の駅があり、東京メトロ南北線、都営三田線も乗り入れています。
駅名が目黒なのに駅があるのは品川区、しかも北の先っぽに位置するので、目黒駅の西口に出るとすぐ目黒区になりますが、東口に出ると南に品川区が、北方向に渋谷区が広がり、東側は港区です。
その港区に散歩に絶好の東京都庭園美術館があります。

目黒駅東口を背にして立つと、右側に広い大通り目黒通りが白金台方向に延びています。左側にも一方通行の自動車通が通っていて「自然教育園前」の信号で目黒通りに合流します。
この合流地点の少し手前から目黒通りに沿って国立科学博物館附属自然教育園の広い緑地があり、その手前側の一角に東京都庭園美術館があります。目黒通りに面した正門入口まで駅から歩いて10分程度の距離です。

西洋庭園、日本庭園、茶室、芝庭と手入れの行き届いた、しっとりと落ち着いた空間を散策するだけで美しい日本を感じることができます。
その奥にある美術館は、建物そのものが元は宮様のお住まいだったもので、アール・デコ様式の洋館。大理石、各種の天然木材、クラシックな模様ガラス、ブロンズのはめ込みなど、重厚な造りと美しい建具類は何度見ても眼福まちがいなしです。

庭園に入る入園料は一般200円、65歳以上は100円、小学生以下は無料。
美術館への入場料は開催している展覧会によって異なります。
休館日は月曜で、祝日の場合は開館し、翌日が休館になるので注意が必要です。
美術展はその都度テーマが異なるので、例えば建築を十分に楽しむためには、「建物公開」の期間に訪れるのがおすすめです。サイトに出ている展覧会の年間予定表で確認できます。

美術館内でひと息入れるなら、新館の「カフェ庭園」がおすすめ。おいしいスイーツも揃っています。
目黒通りを駅方向に歩く途中には大手チェーンのカフェがいくつもあります。
“目黒仕様”なのでしょうか、明るくゆったりしたテーブルの配置で寛ぐことができます。

ご馳走をいただくなら鉄板焼き「可らし」は如何でしょう。
目黒通りを挟んで庭園美術館の真向かいなので、角の信号を渡って少し白金台方向に戻る位置にある路面店です。入口が建物から少し奥まっていますが、内部はカウンターとテーブル席があり、シックな内装。
肉・魚介・野菜をバランスよくいただける〈お好み焼きコース〉3,000円、 吟味された山海の材料を揃えたこのうえなく豪華な〈鉄板焼きペアコース〉一人前7,000円、〈和牛ステーキコース〉7,000~。
召し上がれば間違いなくリーズナブルと納得できます。
感染症流行以来現在は夕方の16時からの営業です。電話で予約がおすすめです。
■鉄板焼き「可らし」
東京都港区白金台3丁目19-5
TEL03-5423-5424
月曜定休

最後にオマケ情報を一つ。目黒駅アトレ1・2の飲食店のいくつかで、美術館の入場券を見せると1ドリンクや10%引きの特典があります。
■東京都庭園美術館 
東京都港区白金台5-21-9
ハローダイヤル 050‐5541‐8600
https://www.teien-art-museum.ne.jp/
※庭園公開状況などに変更が生じる場合がありますので、事前にご確認のうえご来館ください

〈 NO.14 〉 人生の最期まで守ってくれる介護保険

終活コラム介護保険

今は不自由なく日常生活を送っていても、年齢が進むに連れていずれは人の助けを借りるだろうことは、誰もが考えておられるでしょう。その時に備えて、早めに研究しておきたいのが介護保険です。

介護保険は、国民健康保険や公的医療保険(国民健康保険や組合けんぽ、共済など)と同じように、加入者(被保険者)の納付する保険料と公費の投入によって、社会全体で支え合う国民皆保険の一つです。給付されるのは介護や介護予防のサービスです。

民間の保険会社の介護保険と銘打っている保険商品は、公的介護保険を利用する際の自己負担分にあてるためのものなので、それはそれで大切ですが、その前提には介護保険の利用があります。

介護保険を受給する場合は、まず、どれくらいのサービスが必要か、「要介護認定」を受けます。要支援1・2、要介護1~5の7段階の認定レベルによって、利用できる「要介護・要支援サービス」の範囲が決まります。

「訪問、通い、泊まり」の利用形態で多種多様な介護・看護サービスがあり、必要に応じて組み合わせて利用します。

認知症対応型共同生活介護(グループホーム)は利用者が穏やかな生活を取り戻す例も少なくない介護方法です。要介護3以上でなければ入所できないとされている特別養護老人ホームの多くが終末期の看取りまで受け入れています。
要支援の給付にある、リハビリや入浴、介護予防福祉用具貸与等などは、今すぐ使えるかもしれない「転ばぬ先の杖」です。

終活の一つとして、介護保険の給付申請手順を一通り知っておきましょう。

〈1〉住んでいるエリアの「地域包括支援センター」へ相談します。ここで、介護保険のパンフレットをもらっておけば、理解しやすくなります。
〈2〉包括センターでは、社会福祉士、ケアマネジャー、訪問看護師などがチームを組んで対応してくれます。
〈3〉要介護認定を受けます。利用者の運動能力および麻痺や認知症などの有無、必要とする介助についての聞き取りデータに基づくコンピュータの第一次判定と、専門家による第二次判定で行われます。
〈4〉要介護認定結果に照らして、利用者および家族とケアマネジャーに、主治医等も参加してケアプランを立てます。
〈5〉受ける介護サービスの業者を選定し、利用契約を結びます。介護サービス事業者は、社会福祉法人も含めて行政機関(都道府県知事または中核市市長)へ届出をしている民間経営です。見学したり話を聴いたうえで選べますし、途中で変更することもできます。

包括センターは地域ごとに運営されていますが、主治医やケアマネジャー、サービス事業者は地域とは関係なく選べます。利用できるサービスについて、加入者本人と家族が、主体的に考えて選択することで、介護保険の価値が生きてきます。

〈 NO.13 〉 元気な今こそ身の回りの整理

終活コラム身の回りの整理整頓

終活のなかでも最も体力を必要とし、時間もかかるのが身の回り品の整理です。
試しに、家の中で一番使っていない部屋の押し入れや戸棚を開いて、中のものを引っぱり出して、床に並べてみるとしましょう。
半間の押し入れの下の段だけでも、びっくりするほどの量です。
思い出のこもった物を整理するのはなかなか捗らないものですが、きちんと分類して美しく収納してあったがゆえに日の目を見なかった品物が、よみがえる機会になるかもしれません。

身辺の物の整理は、財産問題のような難しいことではないのですが、大事なことですし、よいことが二つあります。一つは、今の生活をスリム化して活動しやすくすること。
もう一つは、後に残る人が遺品整理に苦労しなくて済むので感謝されることです。
全体を考えると億劫になるので、この押し入れ、このタンスというように、小さめに区切って着手します。

片付け作業には体力と思考力が必要です。作業は人の手を借りることもできますが、終活に求められるのは、整理をどうするかの判断を自分ですることです。

○日常使っている物
――もちろん、引き続き使う。
○大切な物
――置く場所を換えて、楽しむ。あるいは、大切にしてくれるだろう人にプレゼントする。
○価値のある物
――財産目録に入れるほどではないけれど、売れば値が付くものは、すぐ売る。
○使う予定がない物
――ほしいという人にあげる。引き取り手がない物は処分する。
○何かの時に役に立つと考えて取ってある物
――災害時には役立つと考えて保存してある重い毛布などは、それに代わる防災グッズに替える。

気をつけたいのは、デジタル機器の取り扱いです。
パソコンやアイフォンには、大切な写真や人には見られたくない記録が溜まっています。使わなくなったら、パソコンを譲る場合も廃棄する場合もデ―タを削除しなくてはなりません。
デジタル機器のIDとPWを紙に記録してデータの削除を頼むことを、依頼する人宛に書き遺し、財産管理の機密事項と同様に保管します。

愛着があるものを身内や縁のある人に譲りたいと思うのは人情ですが、それにこだわらず、インターネットで売ってでも、誰かに使ってもらうほうがよいと考えるのもよいのではないでしょうか。
また、防災グッズなどは機能性が高くてコンパクトな最新のものを備えるほうがよく、使わずに済めば幸いであり、むだな買い替えにはなりません。

いつの間にか増えた物、それは生きてきた道のりの証です。

それらの物と別れる前に写真に撮るもよし、思い出を文章に綴るもよし、忘れていた趣味を再開するきっかけにするもよしです。
工夫次第で楽しい整理になるのではないでしょうか。

〈 NO.12 〉 もういくつねるとお正月

終活コラムお正月

12月も半ばになり、年の瀬の気配が街を彩っています。
暦の1月1日はどこの国でも「年の始め」。
古代ローマも古代中国も、それぞれの暦に従って新年を決めていました。今は世界のほとんどの国が同じ暦を使っています。

日本も太陰暦だった明治5(1872)年11月9日に改暦の布告を行い、翌12月3日を太陽暦の明治6(1873)年
1月1日と定めました。その名残で、旧正月の風習が各地に残っています。

昔から月の末の日を晦日(みそか)、12月31日は大晦日といい、お役所は仕事を納め、商家は1年分の締め日でした。
番頭さんが大福帳を繰って掛け取りにまわるのは落語のなかの話ですが、現代でも、けじめを付けて迎えるお正月は日本文化の大イベントです。
大掃除をして、お正月飾りを整え、お餅をつき、おせちのご馳走をつくる。子どもたちも、立ち働く大人に混じって、うれしさに胸をはずませて手伝いました。

神社やお寺の大掃除は「すすはらい」といって、新しい笹竹のほうきで煤(すす)を払う、全国的に12月13日に行われることが多い清めの伝統行事です。
家庭でも少し念入りにお掃除をして、清らかに元旦を迎えるのは気持ちがよいものです。

ところで元旦は、「元日の朝」に限定されている言葉とご存じですか。
「旦」は地平に太陽が昇ってくる朝(あした)を意味している! 
辞書を引いたら、確かにそう記されていました。

おせちは、お正月に限らずお節句や宮中の行事でつくられてきた料理として長い歴史があります。
縁起のよいことに結び付けた材料や地域の産物を使い、多彩な食文化が継承されています。
年越しそばの歴史は浅く、江戸時代中期に江戸から全国へ普及していったものと言われており、年取り(年越し)魚に、サケやブリを焼いて年越しの膳にする地域が多かったのだといいます。
会う人ごとに「おめでとうございます」とあいさつを交わし、少しよそゆきの服を着せてもらった子どもたちは、神妙にお年玉を受け取ります。

神社やお寺へ初詣をして、旧年の無事を感謝し、新しい一年がよい年でありますようにと願います。 また、お仏壇に手を合わせることや、墓所へお参りに行くことで、ご先祖さまへの感謝とともに新年のよろこびを分かち合います。 元日、三が日、七日には七草がゆを炊き、十一日にお供えしていたお鏡を下ろす鏡開きをして、十五日に門松やしめ飾りを納めて松の内が終わります。

そして、15日は小正月(こしょうがつ)あるいは女正月といい、年末年始忙しかった女性たちがゆっくり過ごす風習もあります。

今は7日からは通常に戻る傾向ですが、日にちにこだわらずに混雑を避けて、自分らしいお正月のひとときを楽しむのもよいのではないでしょうか。

〈 NO.11 〉 未来のためにお墓を選ぶ

コラムお墓の選び方

逝った人を葬り、残された人たちが亡き人を偲び、供養するところ、お墓。
「うちにはお墓がないのだけれどどうしたらいいのかしら」
「郷里の両親のお墓参りもなかなかできなくてこの先どうなるかしら」
お墓問題は人生の締めくくり。不急のことだからこそ、余裕がある間に解決しておいてこそ、安心です。

縄文あるいはそれ以前からともいわれるほど古くから、お墓をつくって大切に護る風習は続いてきました。
日本では、昔はほぼ土葬でしたが、100パーセント近くが火葬の現在は、荼毘(だび=梵語で火葬の意)に付してお骨壺に納めます。
葬儀、初七日の法要を済ませて一段落です。
その後に、ご遺骨をお墓に収蔵し、永く供養の拠り所とします。

葬るのがお一人だけのお墓は個人墓といい、墓石に故人の名前を記します。ご夫婦だけのお墓の場合は夫婦墓、比翼墓ともいいます。 合祀墓は一つの墓碑に複数の人たちを葬って供養するお墓です。墓石に〇〇家の墓と記して代々のお骨を納める代々墓はその典型です。 一つの団体に所属する人たちが共有し、墓碑に名前を書き加えていくのも合祀墓です。 また、永代供養のお骨を合祀するお墓を指す場合もあります。

墓所は大きく3つに分類できます。 ◇お墓:野外に墓石を建て、地上やその下の地中に納骨室を設けるか、あるいは土穴を設けた墓所。
◇納骨堂:お堂を建てて、納骨室、参拝室などを設けた屋内型の墓所。
◇限定域の林、海:樹木葬、海洋散骨

お墓も納骨堂も、お寺や神社の附属・公営・民営の別があり、法律の定めに従い、許可を得て営まれています。土葬や樹木葬、海洋散骨も国と自治体の法的規制の下にあるので、十分注意して専門事業者を選ぶことが大事です。

納骨堂を墓所に選ぶ傾向が、近年、とくに都市部で強まっています。
一家族の人数が少なくなり、ずっと同じ地に住むとは限らないので、新たに求める場合はもちろん、遠隔地にある従来のお墓をしまい、納骨堂に移して供養する人も多くなりました。

墓所のサイズやタイプ、供養の形式などは運営母体によってさまざまで、最初の購入費や年ごとの管理料(護持費)も異なります。なお、購入といっても所有権を買い取るのではなく、永代または有期限の使用権ですが、代替わりしても更新できます。
後継者はいない、あるいは次代はともかく次の次と代が代われば供養できないかもしれないとお考えの場合は、永代供養を頼める墓所を選択することがおすすめです。

永代供養は、「墓所の継承者がいなくてもずっと供養をしてお護りします」というものです。
墓所選びで気を配る重要ポイントですので、しっかりご確認することをおすすめします。

〈 NO.10 〉 「散歩」に「運動として歩く」をプラス

コラム散歩

仕事や家事、趣味や会食と活動的だった日々がコロナ禍でままならなくなり運動不足になっていませんか。
そんなときは、いつもの散歩にちょっと「運動として歩く」を加えることで、足の筋力を強くする有酸素運動がお勧めです。

歩く動作は、足の筋肉が収縮・弛緩を繰り返し、それによって血流がよくなり血液の循環をよくします。
血流がよいと、手先・足先から脳にまで必要な酸素と栄養が行き渡り、体全体を活性化してくれます。
このことは「足は第二心臓」という言葉とともに、もう耳にたこができるほど聞いていらっしゃると思いますが、ぶらぶらと楽しく散歩するだけではなく、体全体を使った運動として歩く動作を行うことで、歩く効用は倍増します。

「歩く」は有酸素運動です。
有酸素運動とは、血糖や脂肪に酸素が加わってエネルギー源となり筋肉を動かす運動です。
対して、無酸素運動はグリコ―ゲンを乳酸に分解してエネルギーにします。
100mを10 秒で走るのは極限の無酸素運動です。

有酸素運動はゆっくりエネルギーを燃焼する筋肉運動なので、筋肉にかかる負荷が少なく、時間をかけて筋力を付けてくれます。
運動として歩く場合は、上半身を垂直に保ち、胸を張って歩きます。両肩を後ろに反らすような気持ちで、股関節から動かす気持ちで、後ろ脚は膝を伸ばす気持ちで、手は後ろに大きく振る気持ちで。
全部を忠実に守るとかなり大変ですが、併せて少し歩幅を広くし、少しスピードを上げると運動効果はより上がります。
ぶらぶら歩きに、時々、「運動として歩く」を挟んで、フォームを意識しながら歩きます。

「歩く」あるいは「ウオーキング」については、厚生労働省「生活習慣病予防のための健康情報サイト(e-ヘルスネット)やNHKラジオ「健康ライフ」(サイト「NHK読むらじる」)、その他たくさん紹介されているので、正しい動作やフォームを参考にすることができます。
e-ヘルスネットのアクティブガイドは「今より10 分間多く体を動かす(プラス・テン)」を奨励しています。
家の中でもできる「ラジオ体操」は10 分間の放送です。
手すりや壁に手を置いてふらつかないようにして、片足ずつ前と後ろに脚を振り上げれば、歩く代わりの有酸素運動になります。

いつもの川岸の道を往復、知らない路地を回り道、目的地はコーヒーショップ……散歩の楽しみ方はいろいろですが、歩く途中でところどころに、ピンと体を伸ばしてスタスタ歩く「運動として歩く」を交えてみるのはいかがでしょうか。

〈 NO.9 〉 お彼岸は日本独自の仏教文化

目黒御廟お彼岸

秋の「お彼岸」2021年は9月20 日(月)~26 日(日)です。お墓まいりに行くという方も多いでしょう。
太陰暦では季節の変わり目は「節気(せっき)」で表されました。
今も「二十四節気(にじゅうしせっき)」や「雑節(ざっせつ)」が生活のなかに生きており、お彼岸は雑節に入っています。

彼岸(ひがん)は此岸(しがん)と対の言葉で、向こう岸とこちら側のことですが、暦に記されるお彼岸は「さとりの境地」を指し、それに比べるのが煩悩に苦しむ人の世です。
お彼岸の期間に行われる法要や法会は彼岸会(ひがんえ)といいます。

始まりは平安時代初期と伝わりますから、最澄や空海が開宗した頃から続いているわけです。全国の国分寺・国分尼寺で『金剛般若経(こんごうはんにゃきょう)』の読誦(どくじゅ)が命じられたと記録があるそうです。
やがて、どこのお寺でも彼岸のお勤めをするようになり、人びとの間にお寺で法話に耳を傾け、ご先祖を想ってお墓参りをする風習が定着しました。
お彼岸の初日を「入り」、7日目を「明け」と言い、真ん中の日を「お中日(おちゅうにち)」といいます。お中日は春分・秋分の日と決まっています。

なぜ、お彼岸は春分・秋分の日なのでしょうか。

それは、真東から日が昇り真西に沈む日だからです。
一日の始まりが日の出、終わりが日の入りであることを人生にたとえて、西の彼方に人生の終焉を感じたのでしょうか。浄土真宗では彼岸には「阿弥陀如来の極楽浄土」があるとされており、この考えも広く知られています。

春分・秋分の日は、気象学で太陽が春分点・秋分点を通る時刻を含む1 日と定義されています。
その日時は、地球の公転が365 日と6 時間弱なので約4 年で1 日分ズレていきます。そこで、国立天文台が算出した春分・秋分の日に合わせて、毎年お彼岸のお中日が決まります。
春分・秋分の日が国民の祝日になったのは、おそらく明治時代に皇族方の法要が行われる皇霊祭が祭日に定められていた名残りと考えられますが、そのおかげで、全国統一にお彼岸の期間には必ず休日と日曜日が入ります。

また、春分・秋分の日は昼夜が同じ時間になるとされ、実際は少し異なるのですが、秋分を境に暑さが薄れ、春分からは寒さが和らいでいくので「暑さ寒さも彼岸まで」という慣用句も生まれました。
お彼岸は過ごしやすい季節の到来を告げているのです。

同じ餅菓子を、春は牡丹餅、秋は御萩と名を変える風流もうれしいもの。
彼岸会に参加したり、お墓やお仏壇の前でご先祖や亡くなった人を偲びたいときです。

〈 NO.8 〉 「両親も犬たちも、やがては私たちも」

エンディングノート

目黒御廟のご利用者にお話をお伺いする企画です。
今回は、目黒御廟の建築設計をなさった建築家の北村雄史さんにお話をお伺いしました。

■黒川紀章建築都市設計事務所 北村雄史さん (聞き手:終活コラム編集部)


----北川雄史先生は目黒御廟の納骨堂の建築設計をなさった建築家でいらっしゃって、完成してほどなく、納骨堂を購入なさいました。設計なさるときから利用をお考えだったのですか。

いや、わが家にはその時はすでに亡くなった父が眠っている墓地がありました。
父は60歳から墓地探しを始め、東京・あきる野市の西多摩霊園に1区画購入しました。
当時の私は、黒川紀章都市計画研究所で働いていて、ブルガリアのソフィアでホテルの設計を担当し、竣工後帰国したら、「買った」と。
それからわずか2年後の1981年に、父は67歳で突然亡くなってしまいました。
西多摩霊園は、クルマなら中央高速を使って自宅から1時間ほどでしたので、母を連れてちょくちょく墓参りに行きました。

----お父さまはずいぶん早くお亡くなりに。

目黒御廟が完成したとき、私はもう父の亡くなった年齢を超えていました。で、「待てよ」と。私が亡くなった後、西多摩霊園のお墓はどうなるだろう。
二人の子どもがいますが、長男は福岡に行きっぱなしだし、娘はアメリカ在住で孫も生まれています。彼らには、墓地の草刈りなどする時間はないだろう、と。
目黒御廟のことを話したところ「目黒なら便利だから、行きやすい」と妻も子どもたちも賛成してくれました。
お墓の移動はとてもスムーズでした。わけを話してお願いしたら、すぐに対応してくださって、費用も思ったよりはかかりませんでした。
目黒御廟は宗旨・宗派を問わないので、北川家は日蓮宗ですが問題なく納骨できました。

----北川先生は、ペットのお骨も一緒に入れる〈鳳凰〉の区画を購入なさっていますね。

ええ、わが家は昔から犬を飼っていて、亡くなると調布市の深大寺動物霊園で火葬して納骨堂に預かってもらっていました。
父を目黒御廟の納骨堂に納めてしばらく経ってから、5匹の骨壺を引き取って、納骨堂にお願いしました。
人のお骨を収蔵する骨壷と、ペットの骨壷は別ですが、同じ厨子に納められるところがいいと思います。

-----昨年お母さまが亡くなられて。

母は93歳の長寿を全うしました。
今、納骨堂の参拝室で見られる写真は、父の顔、次に母の顔、その後に犬たちが次々に出てくるようにしてもらっています。
命日はもちろんですが、ぶらりとお参りに立ち寄ることもあります。母の三回忌には應慶寺のご住職にお経をあげていただきました。私は宗旨にはあまりこだわりがないので、いただいたご縁を有難く思っています。
ICカード1枚持っていれば、受付・参拝ができるのがいいですよね。長男にも1枚渡してあります。

----安心の備えもなさったし、北川先生の活動はますます好調ですね。

〈 NO.7 〉対話が生まれるエンディングノート

エンディングノート

エンディングノートは、終活の計画と実践、および確定事項を記録するものです。
なじみのない和製英語ですが、「終末期に備える覚書」といえば必要性がはっきりします。
終活を進めるなかで、整理したこと、決めたことを書き込んでいくノートです。
分類項目ごとに、実行したこと、決定事項を書き込みます。

終活は、自分自身の考えや希望を確認しながら、できれば家族や親しい人と話し合って進めたいものです。その経過をメモして残すことで、家族の間の対話の基礎ができます。
自分の望む終末期の過ごし方や葬儀・法事や納骨、財産処理などについて、伝言ではなく、家族との合意事項として文字にしておけば、先にいって、医療・介護チームや弁護士・司法書士などが加わる場合があっても、自分も家族もしっかり意見を言えます。

注意したいのは、エンディングノートには、貴重品の保管場所やパスワードなど秘密の情報は書かないこと。別のところに保管します。相続のような法的事項も、別に遺言書を準備します。

「自分の気持ちを伝える」のもエンディングノートの役割です。

家族や親しい人との思い出、生活を共にしたペットとのエピソード。
自分の生涯を振り返る自分史や、家系の歴史。
面と向かって語るのは照れくさくても、愛する人たちに贈る言葉を記します。

さて、エンディングノートはどんな形のものがよいでしょうか。
ノート派とファイル派に分かれるようです。

一冊のノート(帳面)に自分の手で書き込むと、考えが深まり、記憶にも残ります。
手元に置いていつでも開けるので、自分の分身のように寄り添ってくれます。
市販のエンディングノートは種類が豊富ですが、ふつうのノートに項目ごとにインデックスを付ける手づくりもよいものです。

項目別にクリアファイルか大判封筒を数枚用意して、関係書類のコピ―や、資料、要点のメモを保存する方法も便利です。
とりあえずファイルに入れて、時間があるときに、確定事項を箇条書きに整理します。

パソコンでの作成は、修正・追加も保管もらくです。
ただし、上書きしてしまうと、経過をメモしておくノートと違い、家族と話し合った記録を共有できなくなるので気を付けましょう。
ある程度まとまったら、印刷して紙でも保存するのがおすすめです。

ノートでもファイルでも、自分が使いやすい形を選び、まずは、既に決まっていること、たとえばわが家の宗旨、墓地の所在地、かかりつけ医や親戚の連絡先などから書き込み開始です。

〈 NO.6 〉安心と元気をくれる終活

終活

しゅうかつ。
就活は就職するための活動の略ですが、終活は、文字通り「人生の終わりに向かって活動する」という意味の新しい言葉で、2012年新語・流行語大賞のトップテンに入り、定着しました。
終活には、二つの側面があります。
自分自身の希望を実現するため。
周囲の人が困らないようにするため。
そして、この二つを準備することによって、安心して元気な日々が過ごせるようになる。
それが、終活です。

大きく分けて4つの活動に分類できます。
〇自分自身の今後
体が不自由になる前にやりたいこと、看取りをしてもらう時が来たら頼みたいこと、最期の迎え方などについて、自分の希望を明確にします。言葉で話し合うだけではなく、ノートに書き出して、家族や医療・介護チームと共有できるようにします。

〇財産の整理
財産を書き出して、価値と相続税額を検討します。遺族のために、生前にできる相続対策を行います。遺産配分を考える場合は、法律上の効力がある遺言書を作成します。

〇身辺の整理
いわゆる「断捨離」です。家財、思い出の品、衣類など、長年大切にしてきたものを思い切って処分することによって、人生の最終段階に新しいライフスタイルの日々が始まります。
少額の残金を残したままの預金通帳などの整理も忘れずに。
年賀状のお付き合いや、サークル活動を減らすといった、人間関係のシンプル化も身辺整理の一つです。

〇永遠のゴール
自分の葬儀と納骨を生前に考えておくことは、重要な終活です。
葬儀の形式は、伝統的な宗教儀式、参会者とのお別れ会、家族葬など、多様な選択肢がありますから、家族と話し合っておきます。

納骨は、葬儀以上に多様化しています。昔のように先祖代々のお墓ではなく、昨今は自分たち夫婦だけのお墓を持ちたいと考える人が増え、さらに墓石は置かずに樹木葬にする、あるいは納骨堂や合同葬を選ぶ人も多くなりました。
お墓を子どもたちが引き継ぐ負担をかけたくないからと、自分一人や夫婦二人しか入らない形で最期をまっとうすると考える人も多いのです。

以上、終活を大まかに整理してみました。全部いっぺんに取り掛かるのではなく、このなかで自分が力を入れたい部分から始めてもよいでしょう。
あるいは、まず永遠の場所を決めて、それをきっかけに、終活の一歩を踏み出すのも、実行しやすい方法です。

終活は、動けるうちに始めたいもの。開始は「思い立ったが吉日」です。
やり始めれば、終活が楽しくなります。まだまだ先のことでも「備えあれば憂いなし」なのです。

〈 NO.5 〉お墓のお引越し

お墓の引越し

前のコラムでは墓じまいについて触れましたが、続いて今回は改葬のお話。
つまりお墓の引越しです。

改葬件数は国の統計で約12.5万件(令和元年度)。10年でおよそ1.7倍に増加しているそうです。一口に引越しといっても墓石も含め丸ごと引っ越す、納められている遺骨だけ人数分全部移す、特定の故人分の遺骨だけ移す、あるいは遺骨の一部を分骨するなどいろいろですが、大半の改葬は遺骨だけの移送だそうです。古いお墓は撤去し更地にして管理者に返します。
では、改葬は具体的にどんな段取りで進めれば良いのでしょうか。

まずは、墓じまいのコラムでも記した通り家族・親族間、寺院墓地の場合はお寺とのコンセンサスを得ておくことは言うまでもありません。
その上で新たなお墓となる改葬先を決めておきましょう。そして改葬先の管理者(霊園事務所、寺院等)から「永代使用許可証」(又はそれに類する受入証明)をもらっておきます。
次に改葬元の市区町村に「改葬許可申請書」を提出します。申請用紙は自治体によってはホームページからダウンロードできたり、遠方であれば大抵は郵送もしてくれます。申請書には埋蔵証明として所定欄に改葬元管理者の署名捺印をもらいます。又、多くの市区町村では、前述の永代使用許可証のコピーの添付や原本の提示を申請時に求められる場合があります。こうした手続きを経て「改葬許可証」が発行され、ようやく遺骨を取出すことができるのです。
因みに複数の遺骨を移す場合は、人数分の書類が必要となるので要注意。分骨の場合は改葬元管理者から「分骨証明書」をもらっておけば役所への届けは不要です。

遺骨の取出しやお墓の撤去・整地作業は、墓地の管理者を通じて業者(主には石材店)に依頼するのが一般的。 業者さんによっては事務手続きの代行もしてくれます。
遺骨を取出す際には、仏式であれば閉眼供養(宗派によっては言い方が異なる)を行います。外墓地から改葬する遺骨を室内施設に収蔵する場合、多くの場合には洗骨処理を施します。その後、改葬先に納骨し、今度は開眼供養を行います。
これら一連の流れで概ね1〜2ヶ月を想定しておくと良いでしょう。

さて気になるのは費用。
あくまで参考としてですが、遺骨の取出し3〜5万円、広さにもよりますがお墓の撤去・整地費に30〜50万円、お寺へのお布施(離檀料・供養料)として10〜20万円といったところ。これに新たなお墓の購入費が加わります。遠距離の場合は交通費も馬鹿になりませんね。

引越しには、それなりに手間と気配りとお金がかかるもの。
しっかりとした準備でのぞみたいものです。

〈 NO.4 〉墓じまいの心得

墓じまいの心得

少子高齢化が進む日本で今問題になっているのが、空き家です。
玄関を蔦が覆い庭木も伸び放題。いかにも住む人が絶えて久しい家を見かけることが身近にも増えてきたような…。
平成30年の総務省統計では全国でおよそ850万戸、空き家率は実に13.6%にものぼるとか。

そして「お墓」も守る人のいないお墓が年々増えているそうです。その要因としては、やはり少子高齢化やそれに伴う地方の過疎化が大きいものと思われます。そんな守りきれなくなったお墓はどうすれば良いのか。

近年よく耳にするようになったのが「墓じまい」です。
墓を「終う」、どこか断捨離の延長のようなイメージがありますが、お墓を処分するだけではなく、そこに納められていた遺骨の引越し先もセットで考えなくてはなりません。

例えば、遠方の実家でお墓を継いでいた両親も亡くなったので、自分が住んでいる近くの納骨堂にお墓を移す、一人っ子同士の夫婦がそれぞれの実家のお墓をどちらかひとつにまとめる(二世帯墓)ことにしたなど、まずは墓じまいする遺骨の行く先を定めることが先決です。

ひとつには遺骨を自分が管理しやすい場所に移すという選択。
前出の例のように古いお墓は終って、身近なエリアに新たなお墓を確保し、そこに遺骨を移すというケースです。
お墓の管理自体がもう無理なのでやめにしたいということであれば、合祀墓に遺骨を移して、永代供養にしてもらうという方法もあります。墓じまいというと、代々何代も続いてきた古いお墓を閉じるという感じを受けますが、実際には2、3世代くらい、大体50年くらい前のお墓が多いとか。何れにせよ、墓じまいとはご先祖を無縁仏としないよう、自分の生活スタイルに合わせてお墓との関わりを新たにする、ということではないでしょうか。

お終いにスムーズな墓じまいの為の鉄則を。
それは事前に親族間・家族間での相談を十分にしておくこと。トラブルの多くは親族間・家族間での意思疎通の不足が原因となっています。
なぜ墓じまいをするのか、そのあと遺骨はどうしたいのか、費用負担も含め理解を得ておきましょう。

また、寺院墓地の場合は墓じまいするお寺にも、早めにその意思を伝えておくことをおすすめします。
その際には今までの供養に対する感謝を伝えるとともに、御礼を用意しておくと良いでしょう。

事前のコンセンサスをしっかり整えておくこと。
それこそが上手に墓をしまう近道です。

〈 NO.3 〉多様化するお墓スタイル

ペットとの上手な暮らし方

高齢化社会と言われて久しい昨今、自分もそろそろ終活をと意識する方も多いと思います。
となると気になるのがお墓のこと。残された家族に負担をかけぬよう、あるいは夫婦で自分達らしいお墓をと、生前購入も当たり前になってきています。今は一口にお墓といってもそのスタイルはさまざま。従来型の外墓地タイプから納骨堂や樹木葬など、思いに沿ったスタイルを選べるようになってきたことは、時代の流れというものでしょうか。
そんな多様化したお墓スタイルの特徴を比べてみましょう。

外墓地には寺院墓地、民間の霊園墓地、自治体管理の公営墓地などがあります。寺院墓地では檀家加入が求められたり宗派が限られるケース、公営墓地では生前購入ができない場合もあり、十分な事前確認が必要です。
納骨堂は参拝に便利な立地が多く、特に都市部でニーズが高まっています。タイプもいろいろとあり、ロッカー式や仏壇式はマンションのようにズラリと並んだスペースに遺骨を安置するタイプ、自動搬送式はバックヤードに納められた遺骨が、参拝ブースに自動搬送されるハイテクなシステムです。
自動搬送式はお参りに際して天候を気にせず、掃除などの手入れも不要、大抵の施設でお香やお花の用意があり手ぶらで参拝できること、さらに比較的費用が抑えられ、改葬もしやすいなどの良さがある反面、屋外のお墓の方が開放感があると感じる方もいるようです。

「死して自然に還りたい」という思いを反映した自然葬といえば、樹木葬や散骨葬です。

樹木葬には、例えば一本の桜の周りに遺骨を埋葬していくメインツリー型や、埋葬した付近にハナミズキや百日紅など低木を植樹する植樹型などがあります。エコロジカルな樹木葬ですが、アクセスに不便な場所が多いこと、施設によっては遺骨が後で取り出せず改葬できない場合もある点などが注意点です。

また、骨壷を家で安置する手元供養という方法もあります。遺骨の一部をペンダントなどにして身につけ、手元供養する方も増えているようです。暫くは自宅で安置し、ゆくゆくはお墓にという方にも適したスタイルでしょう。

こうして挙げただけでも、お墓のバリエーションは実に多彩で選択に迷うばかり。
ただ、忘れてならないのは、お墓とは生きている者が故人を偲び、語りかける大切な場であるということ。自分だけで決め込まず、ご夫婦でよく話し合い、お子さんの理解も得て選ぶことを心がけたいものです。

〈 NO.2 〉シニア世代とシニア犬の上手な暮らし方

ペットとの上手な暮らし方

〜今こそ愛を込めて「もう子供扱いはしない」〜

かつての憧れの人。足のきれいだったアイドル歌手がテレビの通販番組に出て「わ〜、これ欲し〜い」と叫んでいます。目元の涼しいクールな映画スターがクイズ番組でボケ味たっぷりで笑わせています。歴史の移ろいを嫌がおうにも目にする今日この頃です。
「あ〜あ、歳はとりたくないもんだ〜」
自分のことは棚に上げてつぶやけば、足元に横たわる年老いた愛犬。つい、ため息がもれます。
「あの頃のおまえはどこへ行ったんだ」注:くれぐれも配偶者へ向けて口にしないように…

ペットショップで一目惚れし、懐に抱いて連れ帰った生後間もない子犬。悲しげな瞳に魅入られ、泣きながら施設から連れ帰った保護犬。その後、すっかり家族の一員となり、かけがえのない存在となった愛犬たち。そんな愛犬との永遠の甘い生活を疑わずにいたいけれど、老いは霊長類すべての宿命。避けて通れません。
犬の年齢はドッグイヤーと表現します。犬の平均寿命を調べてみると、14.29歳(全国犬猫飼育実験調査2014〜17年集計)だそうで、つまり生れた直後から飼い初めた場合、約15年間が犬と暮らす年数ということになります。人間の平均寿命に重ねてみると、彼らは4〜5倍のスピードで歳をとっていることになります。愛犬と自分の年齢を重ね、互いが同年代に達していることに気付くシニア世代。さらにこの先、愛犬が自分の年齢を超えることに気づきハッとします。

「最近、耳が遠くなってさ〜」
「疲れやすいし、歯もボロボロ…」
「トイレが近いのが困るよな〜」

呼べど叫べど、知らんふり。クッションの上で一日中寝ている愛犬。それに憤慨したところで、犬は言葉を発しません。しかし思いやれば、感じることのできる老いへの共感。ともに生きてきた年月です。

さて、残り時間をともにどう過ごすか。大切なことは相手を思いやること。これにつきます。老犬の世話は在宅介護に似ているといわれます。「面倒をみる」「ケアをする」はすべて一方通行。見返りはありません。出会いから今日まで、どれほどの多幸感を頂戴してきたことか。愛した相手、お世話になった方への恩返しです。さて、ともに始まる終活タイム。
「こいつがいなくなったら寂しくなるな〜」
そんな思いは胸の奥底にしまい、おどけたポーズで記念写真。素敵なラストシーンへの準備を心がけましょう。自然と湧いてくる愛犬への感謝の言葉。

「ありがとうグットライフ」

〈 NO.1 〉今どきのお墓事情「海外のお墓」

終活

世界には様々な葬儀スタイルがあります。日本人が当然と考える火葬も、世界には土葬をメインとする国が数多くあります。キリスト教やイスラム教などでは死者の復活を教義とするため基本は土葬です。水葬や風葬、鳥葬といった、墓を必要としない葬儀も存在します。

タイやミャンマーは国中に寺院が点在。道行く托鉢の僧侶は日常風景ですが、これらの国に個人の墓は存在しません。火葬後、遺骨は海や川へ流されるのです。チベットやインドの一部で行なわれているのが鳥葬。輪廻転生を信じるチベット仏教。岩の上に亡骸を横たえ、それをハゲワシがついばむという方式。

インドではゾロアスター教の信者が行いますが、近年ハゲワシの数が減少し、食べ残しが問題に、という話も。墓や霊園も多種多様です。

日本人の墓は先祖供養を目的とし、複数の人間が入りますが、世界では概ね個人のもの。
つまり、一人一墓です。

そのため時に個性豊かな墓石が登場。故人の趣味や思い出を反映した、車やバイク、ペット、サッカーボール、はては自身の等身大像まで墓石にします。墓地や霊園の雰囲気もその国独自のもの。
米国の墓地はスケールの大きさに驚かされます。緑の芝生、噴水、美しい建築物と彫刻。戦没者慰霊墓地には真っ白い十字架が果てしなく立ち並んでいます。
パリにあるモンパルナス墓地やモンマルトル墓地には、サルトルやスタンダールといった文豪が、ウィーン中央墓地には、ベートーベンやシューベルトなどの音楽家が眠っています。観光客がひっきりなしに足を運ぶ、まるで観光地のような存在です。
韓国の田舎でたまに目にするのは土を丸く盛ったかわいらしい饅頭型の墓。
メキシコの墓は花のデコレーションでラテン系の明るさにあふれています。
中国やマレーシアなど、中華圏で見かけるのが引き出しを重ねたようなマンションタイプ。ルーマニアにはポップなイラストが刻まれた、アート作品のようなカラフルな墓があります。

死に向かって生きている人間。儚いからこそ大切な命。
世界中の人々が思い思いにお墓と向き合っています。

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