こころに響く「香り」の美学
「香(こう)を薫(た)く」。香木の薄い切片に熱を加えるとよい香りが漂います。
香の場合、火を焚(た)くとは書かず、薫(かおる)という字を使います。
よい香りに包まれると心がおだやかに落ち着きます。一方、爽やかで元気が湧いてくる香りもあります。こうした、感覚に作用する効果が香りにはあります。
香りをもつ香木・香草は、日本では食用として、また薬草として多彩な活用をされて来ました。アロマ・セラピーもアロマは香り、セラピーは療法を意味しているので、同じように発達したと考えられ、今は世界的に、天然香料、合成香料が日常生活で愛用されています。
「香を薫く」歴史は、紀元前の古代メソポタミアや古代ギリシャで儀式に使われたところから始まっていますが、日本ではインド、中国から香木が入ってきて、14世紀ころから独自の香り文化を展開しました。
奈良の法隆寺の大宝蔵院に安置されている「九面観音菩薩像(くめんかんのんぼさつぞう)」は白檀の一木造り、高さ38㎝の立像で、推定「719年に唐から請来(しょうらい)」と記録されています。
白檀は木そのものが芳香を放ち、インドでは古くから儀式や瞑想に使われ、中国にも伝わり、仏教とともに日本に伝わりました。
代表的な香木、白檀(ビャクダン)、伽羅(キャラ)、沈香(ジンコウ)はいずれもインドと東南アジアが産地です。
沈香は、ジンチョウゲ科の常緑樹が鳥や虫に食べられたり落雷を受けたりして、その部分に樹液が分泌して「やに」のように固まったものです。この樹脂は比重が重く、水に沈みます。それを引き上げて乾燥させ、加熱するとよい香りを発することが発見され、香木として珍重されるようになりました。
伽羅は沈香のなかでも高級品。正倉院宝物「蘭奢待(らんじゃたい)」も沈香です。
香りを薫く習慣は仏教とともに普及しました。香木・香草から香りのエッセンスを抽出する「精油(せいゆ)」の技術も発達し、寺院でも家庭のお仏壇でも、お参りする前に香や線香で香りをくゆらせ、葬儀ではお焼香をします。これは身を清め、静かな心で仏さまにお参りするためです。
一方、平安時代の貴族たちにも、戦国時代の武士たちにも香りは愛好され、「香道(こうどう)」の様式が整いました。
薫物(たきもの)といって、沈香の精油を中心に香木・香草の蕾・実・葉・種子・根などの粉末や動物性香料なども加えて練り合わせた練香(ねりこう)を使います。
自分で調合して自分だけの香りをつくり、着物や持ち物、文を書く紙などに「移り香(うつりが)」にして身にまとう風習も生まれました。徳川家康も自ら調合してお気に入りの香りを薫き、思索の時間を過ごしたといいます。
香道では「香りは聞くもの」でありその作法を「聞香(もんこう)」といいます。嗅覚に頼るのではなく、心を傾けて香りの「精」と対話するのです。
自然科学と日本独自の美意識とが作用しあって成立した香りの美学は、二十一世紀になっていっそう求められているようです。






