海外のお墓〜楽園ハワイ編
「暑さ寒さも彼岸まで」というように、少しずつ秋の気配になってきましたね。昼と夜の時間がほぼ同じになるお彼岸は、あの世とこの世が近くなると考えられ、あの世にいるご先祖様への思いが通じやすくなると考えられています。お墓参りをして目を瞑って手を合わせると、穏やかな気持ちになり、清々しい気配に包まれる気がするのは、きっと皆様も経験されているのではないでしょうか。お彼岸を過ぎても、思い立ったらお墓参りをして、ご先祖様に手を合わせていきたいものですね。
ホノルルを一望できる
国立太平洋記念墓地や雄大な平等院テンプル
今回は、太平洋に浮かぶ楽園ハワイのお墓について取りあげてまいります。観光旅行で墓地に行くという選択はなかなか無いと思いますが、ハワイの有名な墓地といえば、オアフ島ホノルルの街を一望できる「国立太平洋記念墓地」ではないでしょうか。
ここは火山の噴火口の跡を利用して作られ、上空から見ると中がくぼんで、すり鉢状のボウル形をしていることからパンチボウル墓地とも呼ばれています。行ったことはなくても、名称を聞いたことのある方は多いのでは。広大な緑の芝生には、名前が刻まれた墓石が埋め込まれ、第二次世界大戦やベトナム戦争などで命を落とした兵士、その家族が埋葬されています。なかには米軍の日系人部隊の一員として戦い、その後50年間に渡り上院議員を務め、ホノルル国際空港から改称された「ダニエル・K・イノウエ国際空港」の由来のダニエル・ケン・イノウエ氏やスペースシャトル「チャレンジャー」号の事故で亡くなった宇宙飛行士のエリソン・オニヅカ氏のお墓もあります。
メモリアルデーには、すべての墓石に生花のレイが捧げられ、とても美しい光景になるそうですよ。
レイは、花々や葉、貝殻など自然の素材を使った花輪でハワイの伝統的なアイテムのこと。ハワイを訪れた時、空港やホテルなどで首にかけてもらった経験のある方もいることでしょう。花のなかでも、ハワイを代表する花「プルメリア」がよく使われます。甘くてフローラル、うっとりする良い香りですよね。このプルメリア、英名ではTemple Tree(寺院の木)と呼ばれていて、その香りの高さから儀式や祭りの場でお香のように使用されることもあるそうです。
さて、ワイキキから車で約30分、カネオという町に広大な公園墓地があります。公園の一番奥には、ハワイの日本人移民100周年を記念して1968年に建てられた、京都府宇治市にある平等院鳳凰堂のレプリカ「平等院テンプル」があります。実際の平等院の約3分の1サイズとはいえ、雄大なコオラウ山脈を借景にしたその姿は神秘的。そして平等院テンプルの周囲には日本庭園が広がり、大きな池にはたくさんの錦鯉が優雅に泳いでいます。公園墓地ではありますが、穴場観光スポットとして人気があります。
日本人移民を祀るマキキ墓地
先ほどご紹介した国立太平洋記念墓地からほど近い、マキキ地区にある「マキキ墓地」。ここには「明治元年渡航者の碑」「鎮魂碑」「ハワイ日本人移民慰霊碑」が祀られています。ハワイの日本人移民のことを皆様はご存知でしょうか。
明治元年のこと、横浜港を出航した船に乗り、今では考えられませんが34日間もの長旅の末、ハワイに到着した約150名の一団をのちに元年者(がんねんもの)と呼びました。ハワイへの集団移住の先駆けとなった元年者たちは、灼熱のサトウキビ畑で働き、数々の困難を乗り越え、日系人コミュニティを作っていったのです。当初の契約期間を終えた3年後、ハワイに残ったのは50名ほど。現地の女性と結婚をした人もいれば、官約移民開始後にハワイに渡ってきた日本人女性と結婚をし、ハワイの地に脈々と根づいていきました。
以前ハワイへ行った時、年老いた日系人の男性から、日本人墓地の墓石は日本を見つめる方向で建っているのだと聞いたことがあります。それを聞いた時、様々な事情があって帰りたくても帰れなかった人もいたのだろうと思い、胸が締めつけられました。
お墓はただ単に遺骨を安置する場所ではなく、ご先祖様や大切だった人、大切だったペットと、いまを生きる私たちが交流する大切な場所なのかもしれません。






