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終活コラム
NO.59

いい湯だなぁ♪
のんびり温浴の歴史を探ってみましょう

のんびり温浴の歴史

温かいお風呂が身に沁みる季節がやってきました。
語呂合わせで、毎月26日は「風呂の日」、11月26日は「いい風呂の日」(日本浴用剤工業会:制定)。これらの日は割引や特典を提供する温浴施設があるので、確認をしてみてはいかがでしょう。
さて、終活世代の私たちは、お風呂や温泉が至福の時間という方が圧倒的に多いと思います。子どもの頃はお風呂に入るのが面倒だったのに、いつからこんなに癒されるようになったのでしょうね。
昭和の頃、子どもも大人もみんな大好きだったテレビ番組『8時だヨ!全員集合』のエンディングを覚えていますか? 加藤茶さんが「お風呂入れよ!」と合いの手を入れると、「ほら、カトちゃんも言っているよ、早く入りなさい!」と世の親たちは口をそろえて言ったのでは。
ここ最近では、お風呂に入るのが面倒な気分を “風呂キャンセル界隈” と若者を中心に言っているそうですが、なんともユニークな表現ですね。

七病を除き七福を得る、奈良時代の入浴

日本人はお風呂好きといいますが、いつからお風呂に親しんでいたのかというと、時を遡ること奈良時代。仏教の伝来とともに僧侶の身体を清める宗教儀式として「入浴」が伝わりました。入浴は「七病を除き七福を得る」と説き、身体と心の垢を落とす、つまり煩悩を洗い清める修行でした。
各地の寺院には浴堂と呼ばれる施設が作られ、これは私たちが思い浮かべる湯に浸るお風呂ではなく、現代のサウナに近い蒸し風呂の様式。
慈善事業の一環として、病人や貧しい人たちを対象に浴堂を開放する「施浴(せよく)」が行われていました。

占いで入浴日を決めていた平安貴族

平安時代の貴族たちの入浴は、「風呂殿」と呼ばれる蒸し風呂、手拭いを濡らして身体を拭く「湯殿」がありました。
興味深いことに、入浴する日は占い次第でだいたい週一回。平安貴族たちにとって入浴は禊(みそぎ)の意味合いが強く、占いで決められた日以外に入浴すると、身体に邪気が入り込み、病気になったり、亡くなると信じられていたのです。

風呂で宴会する鎌倉・室町時代の貴族たち

鎌倉・室町時代、有力な貴族は屋敷の中に入浴設備を整え、客人を招いて「風呂ふるまい」を楽しんでいました。京都や鎌倉には、のちの銭湯となる「町湯」が建ち、屋敷に入浴施設を持たない貴族は町湯を借り切って、風呂を楽しみながら宴会をしていたとか。

のんびり温浴の歴史

湯屋は江戸っ子たちの社交場に

江戸時代、銭湯なる「湯屋」が爆発的に普及していきました。垢すり職人の登場、湯上がりの娯楽文化が花開き、流行に敏感な江戸っ子たちの社交場になっていきました。当時の賑わいは多くの絵師が浮世絵に残しています。

入浴スタイルの進化、日本の片すみの我が家も内風呂に

明治、大正、昭和へと時代は流れ、戦後の高度成長期は欧米文化が浸透していったのは皆さま、ご存知のとおり。住宅の進化も勢いがあり、お風呂付きの団地があちこちに建てられ大ブーム。内風呂はもはや当たり前になっていきました。
毎度、私ごとで大変恐縮ですが、幼少の頃、母屋(おもや)の外に風呂場があったと記憶しています。確認のため姉に聞くと「あった、あった。大きな石を集めて、オトン(すみません、父のことです)の手作りの浴槽だった。私は転んでお尻を擦りむいた」と笑って話してくれました。私が幼稚園にあがる頃、父が家を建て替え、待望の内風呂に。あの頃の流行だったのでしょう、浴室の壁はカラフルな四角いタイルが並んでいました。

令和のいま、温浴文化・最先端にあるもの

平成、令和とともに、温泉旅館や足湯、スーパー銭湯、サウナなど、温浴文化は幅広く進化を遂げています。サウナに至っては、「ととのう」をキーワードにブームは継続中。温泉街も「温泉暮らし」と題して、長期滞在型を意識したプランを用意するなど、多種多様な宿泊スタイルが誕生しています。

身体も心も癒してくれる温浴。長い歴史を経て、私たちの日常に欠かせないひとときになりました。さて今晩ものんびりゆったりお湯に浸かってみませんか。

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